からむし織の織物
高級衣料の上布素材である「からむし」
からむしの繊維で織った布は通気性、吸湿性、速乾性に優れ、高温多湿な日本の風土に適しています。
その涼しい着心地を体験すると、他の織物を着ることができないと言われるほどです。また耐久性が高く、水を通すほど風合いが良くなり、防虫効果にもなるなど様々な特徴を備えている植物繊維です。
からむしとは
イラクサ科の多年草で苧麻(ちょま)、青苧(あおそ)などとも呼ばれます。南アジアから日本を含む東アジア地域まで広く分布し、古くから植物繊維をとるため栽培されていました。
日本におけるからむしの生産の歴史は「日本書紀」の中に記されており、「天皇が詔を発して役人が民に栽培を奨励すべき草木」の一つとして挙げられています。
からむしを原料とされる上布の生産地としては、越後(越後上布・小千谷縮布)や宮古(宮古上布)、石垣(八重山上布)があります。

本州唯一の栽培地 昭和村
からむしの栽培を続けてきた本州唯一の村が昭和村です。会津地方でのからむしの栽培がいつ始まったのかは明らかではありませんが、中世の芦名氏時代には栽培が始まり、近世の上杉氏の時代には生産が確立したと考えられています。
昭和村で生産されるからむしは質が良く、越後上布・小千谷縮布の原材料として新潟県へ出荷されており、この2つの織物は国の重要無形文化財に指定されています。現在もなお供給し続けている昭和村のからむし。その栽培の技術は国の選定保存技術に選ばれています。
また「からむし織」として栽培、糸づくり、織りまで一貫して行い、からむし織は福島県重要無形文化財に指定されています。
からむし畑


「からむしだけはなくすなよ」
喜多方は伊勢白子、京都、江戸と並ぶ染型紙の生産地でした。
高冷地である昭和村の重要な換金作物であった「からむし」。家々では良い繊維を取り出せるようにと、腕を磨いたと言います。戦中戦後の食糧難の時代も、時代の移り変わりにより葉たばこ栽培に移行した時代も、「からむしだけはなくすなよ」という、先人の言葉を守り、良い根と畑を大切に育み続けてきたからこそ、今も昭和村のからむしの美しさを見ることができます。
からむし織の道具
からむし織り
昭和村のからむしのほとんどは新潟県へ出荷されていました。上質なからむしは出荷されるため、昭和村の女性たちは品質の劣る出荷できないからむしと麻で自家用の衣料や蚊帳などを織っていたそうです。かつて日本中で行われていた、家族のために織って衣服を整える庶民の技術。それを昭和49年に村おこしに「からむし織」を産業として育成する取り組みが始まりました。

織姫のいる村
先祖代々受け継がれてきた「からむし栽培」。腕を磨き、競い合っていたほどでその技術は門外不出と言ってよいほど家々で守られてきたものでした。
しかし、昭和60年頃から(1985)技術保有者の高齢化が進み頃から生産高が減少、後継者不足という大きな問題が挙げれらていました。
平成2年(1990)に原材料生産の安定を図るため「昭和村からむし生産技術保存協会」が発足。生産と織の技術者の人材育成のため、平成6年(1994)に「織姫制度」がスタートしました。

【織姫制度】
からむし織に興味のある若者を全国から募集し、村内で約11ヶ月間、共同生活をしながら、からむしの栽培から織りまでの研修を受け、技術を学ぶもの。


素材そのもののシンプルさを文具に
青々とした「からむし」が、繊維となり、糸となり、織物となることを伝え、「からむし」をより身近なものとして感じてほしい、という思いを一筆箋にしました。
表紙の裏にはからむしや畑、使用する道具の説明などを入れ、「からむし」そのものに興味を持ってもらえるようにしました。


からむし織柄一筆箋
福島県会津地方の山間にある昭和村で、古来より受け継がれている「からむし織」を文具で再現しました。
素材である「苧麻(ちょま)」を生かした素朴なデザインと、昭和村とからむし織の文化、歴史をご堪能ください。
サイズ:82×170mm  本文2柄各10枚(20枚綴)本体価格(税抜)400円
表紙の裏に「からむし」について説明を載せました。※4種それぞれ内容が異なります。
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協力:株式会社 奥会津昭和村振興公社 道の駅 からむし織の里しょうわ
   http://www.vill.showa.fukushima.jp/